恋 〜白の章〜 第15話

ホームルームの時間も終わった。
やっと学校の中で束縛されている時間から解放された。
さてと、これからどうしようかしら?
早速、羽鶴は弥生に声を掛けた。
「弥生ちゃん、これから暇?」
「今日は駄目。お母さんが早く帰ってくるから、ご飯の用意をしなくちゃいけないの。」
「そ、そうなの・・・。」
家庭の事情に他人の羽鶴が口を出すわけにもいかない。
弥生の家庭を少しでも知ってしまった以上、何も言えない。
さすがの羽鶴でも諦めなければならない。
「駅までなら付き合ってもいいよ。私はそのまま帰るけどね。」
「うん、行こうか。」
少しばかりの弥生の好意に甘えている羽鶴だった。
まだ外は十分に明るい。
夏は過ぎたが、日はまだ高いようだ。
ふと、羽鶴は自分と弥生を見比べていた。
街中を歩いていても、羽鶴は弥生が自分とは違う存在のように思えて仕方が無い。
勉強ができる、という理由だけではない。
達観した物事の考え。
容姿。
柔らかな仕種。
時々、見せる厳しい目。
その全てが羽鶴には無いものだった。
生まれがお嬢様のせいなのか。
私が、まだ子供なだけかしら。
ぼんやりと、隣りを歩いている弥生の顔を見上げていた。
真っ直ぐな視線はどこまでを見ているのだろうか。
見る相手の心まで見透かしているのではないだろうか、と思わせる。
「何よ、さっきから人の顔をジロジロと・・・。」
「い、いやぁ・・・弥生ちゃんってキレイだね。」
羽鶴がそう言うと、弥生は隣りを歩く距離を空けていた。
「私にそのケは無いから、ちょっと離れて歩いてくれる?」
「そんな意味で言ったんじゃないって!」
弥生は呆れたような顔をしていた。
そうこうしているう内に、駅に着いた。
帰りの方向が一緒とはいえ、途中で羽鶴は乗り換えることになる。
「それじゃ、また明日ね。」
元気に手を振りながら羽鶴は次の駅で降りた。
電車に乗った弥生を見送る。
走っていく方向を目で追っていく。
「さて、と・・・。」
降りたホームの向かいで電車を待つ。
待ち時間は、どうしてこんなに暇なんだろう。
これほど無駄な時間は無いのかもしれない。
10分くらい待つと、やっと電車が来た。
長椅子に座ると、一息ついた。
学校が始まってからは、毎日がそれなりに忙しくなってきた。
本気で受験勉強をしている人たちもいるし、周りに取り残されるのだけは嫌だ。
口では何も言わないけど、弥生ちゃんだって勉強をしているはずよ。
羽鶴は鞄から参考書を出した。
ほとんど開いてもいないので真新しいままだ。
パラパラと何となく開いてみる。
そして閉じた。
焦ることは無い。
ゆっくり、落ち着きながらやろう。
分からなくなったら弥生ちゃんに聞けば教えてくれるだろうし。
駅に着くと、羽鶴は参考書を鞄に入れた。
羽鶴は母方の祖父母の家に住んでいる。
「ただいま〜。」
居間にいた祖母に軽く声を掛け、部屋へ向かった。
いつもと変わらない日常。
長期休暇よりも、学校に行っている方が気分が落ち着く。
早くにクラスにも馴染んだし、何よりも弥生がいる。
前に住んでいた所とは、天国と地獄ほどの差がある。
元々が楽天家の羽鶴だが転校したときは不安があった。
初日の雪の降っている日、弥生に出会ったのが運命のように思えた。
ここは私に居てもいい場所なんだ。
そう考えると幸せすら感じる。
「お婆ちゃん、ちょっと出かけてくるから。」
着替えを済ますと、羽鶴は外へ出て行った。
庭から自転車を出すと、サドルに跨った。
心なしか夏の名残を感じるが、風は涼しくなっていた。
肩まで伸びた髪を靡かせながら羽鶴は自転車で走った。
ここは私の住む町。
私の居場所。
風は、いつまでも羽鶴を優しく包み込んでいた。