恋 〜白の章〜 第18話

短い間だったけど・・・ありがとう。
私の身体・・・もう限界よ。
弥生の言葉が羽鶴の心の中で何度も繰り返される。
昼休みの後、二人は会話を交わすことはなかった。
そのまま帰りのHRの時間になっていた。
弥生の左手は胸に添えられたままだった。
掛けたい声が掛けられないもどかしさを感じている羽鶴だった。
「それじゃあ、今度の体育祭のメンバーを決めるぞ。」
担任の数学教師がいつになく張り切っていた。
ごく一部を除いてウンザリした顔をしているクラスメートたち。
次々と参加種目が決められていく中で、弥生は全く動かなかった。
ついに最後のクラス対抗のリレーまで回ってきた。
後は誰も参加したがらないものばかりが余っていた。
「誰がクラス対抗に出るんだ?」
担任が教室中を見渡しても、誰も挙手したがらなかった。
その時だった。
「先生、いいですか?」
クラスの中でリーダー格の女子生徒が手を挙げた。
「クラス対抗リレーのアンカーは白河さんがいいと思うんですけど。」
一斉に視線が弥生に集まる。
それでも弥生は動じていなかった。
「そんな、どうしてなの?」
思わず羽鶴が声を上げていた。
「北条さんは引っ越してきてから、まだ知らないだろうけど。このクラスで白河さんが一番、走るのが速いのよ。」
「だからって、そんなの勝手じゃないの。人に押し付けるようなやり方なんて・・・。」
彼女と羽鶴の視線が真正面からぶつかる。
羽鶴も弥生を庇うことで精一杯だった。
「構わないです、私が出ます。」
弥生がそう言うと、教室の中に拍手が起こった。
「弥生ちゃん、本気なの?」
拍手の渦にかき消されそうな羽鶴の声だった。
弥生は何も答えなかった。
伏せがちな目だけが羽鶴には痛々しく見えた。

HRが終わった後。
「話があるんだけど、いいかな?」
羽鶴は弥生を指名した女子生徒を渡り廊下に連れ出した。
「どうして弥生ちゃんを目の敵にしているの?」
「目の敵?ひどい言いがかりじゃない。」
今にも掴みかかりそうな彼女らの目だった。
それでも、両者とも一歩も退こうとしなかった。
「弥生ちゃんは、身体が悪いのよ?それなのに、無茶をしたら・・・。」
「知ったことじゃない。」
羽鶴は言葉が詰まった。
「北条さんは、本当に何にも知らないのね。白河って、ちょっと自分が勉強ができるから。男子から人気があるからって、私らを見下すような態度ばかりなんだよ。自分が何様だと思ってるのかしら、嫌ってる女子も多いのにねぇ。」
「それこそ言いがかりだよ、弥生ちゃんは・・・。」
「大体、あんたらって何なのよ!いっつもベタベタしてさ、危ない関係だって周りから言われてるのを知らないの?」
彼女はそれだけを言うと、羽鶴に背を向けた。
「おたくら、お似合いのカップルよ。がんばってね〜。」
嘲笑うような笑いを残して彼女は去っていった。
やるせない気持ちだけが羽鶴の心に残っていた。
「私は・・・どうすれば弥生ちゃんを護ってあげられるの?」

誰もいない教室。弥生はグラウンドで部活動に励んでいる運動部たちを眺めていた。
私も身体が悪くなければ、あそこにいたんだろうか。
叶うはずの無い想いを抱いていた。
「弥生ちゃん・・・。」
擦れたような声をした羽鶴が教室に現われた。
目は泣いた跡か、真っ赤になっていた。
「帰りましょうか。」
置いたままになっていた羽鶴の鞄を手渡すと、二人は教室を後にした。
それからしばらく、沈黙が続いていた。
「弥生ちゃん・・・本当にリレーに出るの?」
「期待されたら裏切るわけにはいかないから。」
「だって・・・あんなの、クラスの一部に意地悪されてるだけに決まってるじゃないの。」
それを聞いて、弥生は寂しそうな顔をしていた。
「・・・そんなこと、知ってるわよ。」
「じゃぁ、どうしてなの?自分の身体ぐらい大事にしてよ!」
羽鶴の目から涙が零れた。
「花は散り際が美しいのよ・・・最後ぐらい綺麗な花を咲かせてみせるわ。」
どうしてなの?
あんなに『一緒に生きていく』って約束したじゃない。
まだ、がんばれるんだよ?
浮かんでは消えていく言葉たち。
今の弥生ちゃんに私の言葉は届いていないのかもしれない。
もう、私では弥生ちゃんの力になれないの?
刻一刻と過ぎていく弥生の時間。
その間に私は何ができるのだろう。
羽鶴の心は張り裂けんばかりのものだった。